医療コラム

人間万事塞翁が馬vol.5食欲の秋

昔、ポパイというアニメがありました。主人公のポパイと、その恋人のオリーブ、悪役でポパイの天敵ブルータスの3人が繰り広げるコメディ漫画です。ポパイはセーラー服姿の水兵ですが、ふだんは身体がとても小さく、オリーブをめぐってブルータスからいろんな嫌がらせを受けてしまいます。小さなポパイは巨漢のブルータスに到底かないませんが、ピンチに陥ると、大好物のホウレンソウを食べて筋肉ムキムキに変身し、超人的なパワーを発揮してブルータスをやっつけるという単純明快なストーリーでした。私は子供のころ、もっと強くなりたくてポパイのまねをしてホウレンソウをたくさん食べたことがありました。
 ポパイはホウレンソウを食べると一瞬にして筋肉ムキムキに変身します。スポーツ選手にとって、試合前にこのような即効性のある、特効薬のような食べ物があったら、いいなと思うでしょうか?しかし、残念ながら世の中にはそのような食べ物は存在しません。もしそのようなものを摂取したとすれば、それはおそらくドーピング禁止物質であり、スポーツ選手にとって違反行為となってしまいます。
 プロスポーツ選手やアスリートと呼ばれる人々は、試合で最高のパフォーマンスを発揮するために、毎日どんな食べ物を摂っているのでしょうか?私はこれまで、10年以上プロスポーツ現場に関わってきましたが、日常や試合前後に摂る食事の内容は、みなさんとほとんど変わりはありません。食事は、3大栄養素である「糖質」、「たんぱく質」、「脂質」に加えて、ミネラルやビタミン、食物繊維と水分を、バランスよく、良いタイミングで、十分な量を摂取することが大切です。また、プロテインに代表されるようなサプリメントも、今ではいろんな種類が豊富にありますが、スポーツ選手だからといって特別なものを使用することはありません。例えばJリーグでは、リーグ期間中に数回のドーピング検査が行われていて、すべての栄養は食事から摂ることを推奨しています。また、サッカー日本代表のロッカールームには、体力回復やパフォーマンス維持のためにサプリメントと呼ばれるようなものは全くおかれていません(図)。シーズンが始まる前に、キャンプでは必ず選手スタッフへドーピング研修が行われますが、私も選手たちに基本的にはサプリメントは使わないこと、また「自分が口に入れるものにはすべて責任を負いなさい」と必ず伝えています。一般的にサプリメントと呼ばれるものは、その成分によって大きく二つに分けられます。一つはいわゆる「補給:サプライ」を目的としたもので、普段の食事で必要な量を摂取することができない場合に、栄養を補うという意味で用いる狭義のサプリメントを指します。たとえば、プロテインは持ち運びやすく、簡便に、素早く飲むことができるたんぱく質ですし、ビタミンや鉄分、微量元素などのサプリメントもこれにあたります。ただし、これらはすべて普段の食事で摂取できるものですから、十分な食事が摂れているのであれば飲む必要がありません。もう一つは「エルゴジェニックエイド」といって、スポーツのパフォーマンス向上を期待して摂取するサプリメントです1)。エルゴジェニックエイドにはこれまでの様々な研究結果から「確実に」パフォーマンスが上がるものとしていくつかの成分が報告されています2)。これについては、また次回に解説したいと思います。
 スポーツをする際に、ケガを予防するためにも栄養はとても重要です。ハードなトレーニングを行うと、身体の中に必ず小さなダメージが起こりますが、そのダメージは休養と栄養によってしか修復されないのです。前述のとおり、良いタイミングで、十分な量の食事を摂ることを心がけましょう。
 夏が終わり、実りの多い季節がやってきました。食欲の秋、みなさんの身体は、みなさんが食べたものでできているということを決して忘れてはいけません。

図.サッカー日本代表のロッカールーム
ようかん、干し柿、チーズ、甘酒、オレンジジュース...ロッカールームにはサプリメントはありません。(JFA医学委員 土肥美智子先生より提供)

1)Peeling P, Binnie MJ, Goods PSR, Sim M, Burke LM. Evidence-based supplements for the enhancement of athletic performance. Int J Sport Nutr Exerc Metab, 28(2): 178-187, 2018.
2)寺田 新 スポーツ栄養学

▶PROFILE
百瀬 能成
一般社団法人MOSC 百瀬整形外科スポーツクリニックの院長。
スポーツの世界に「Player’s first(プレイヤーズ・ファースト)」という言葉があるように、患者様を第一に考える「Patients’s first(ペイシェント・ファースト)」を理念として、スポーツ傷害や整形外科疾患の治療にあたる。松本山雅FCチームドクター。医学博士。