医療コラム

人間万事塞翁が馬vol.23 競技特性

新体操やフィギュアスケート、ダンスなどの審美系スポーツでは、難度の高い技術と演技の美しさを競います。素早い回転や、ジャンプからの着地動作でしっかりと姿勢を保持するためには高いバランス能力が必要となり、ダイナミックで美しい動きを表現するためには身体の柔軟性と股関節の可動域は特に重要です。
 ある小学生の新体操選手が右臀部(太ももの付け根のあたり)に痛みを抱えてクリニックを受診されました。その選手は「パンシェ」という姿勢で右足を上げると、右足の付け根に強い痛みが生じ、痛みのために姿勢を保持できないことが問題でした。けれども日常生活では痛みはなく、学校生活や体育の授業でも痛みを感じることがありません。また新体操中もパンシェ以外の姿勢では痛みが生じず、さらにパンシェに回転を加えるとなぜか痛みを感じなくなります。すでに別の医療施設を受診していたようですが、診断名は伝えられないまましばらく新体操は禁止とドクターストップがかけられていました。本人はパンシェだけがどうしてもできないと切ない様子で、親御さんも他の動作には問題ないので新体操を続けさせてあげたいけれど、どうしてよいのかわからずとても悩んでいました。

 パンシェバランスと呼ばれる姿勢は、軸足で身体を支えながら、反対の足をピンとまっすぐ上にあげてバランスを取ります(写真参照)。両手でバランスを保ちながら股関節を180°以上開き、上半身は水平をキープしなければならないため、体幹を支えるために脊椎や骨盤には大きな力が加わります。
 診察すると、右の坐骨結節に痛みと圧痛があり、MRI検査で右ハムストリングス(太もものうしろの筋肉)の筋付着部に異常が認められ、裂離骨折が生じていました。この選手は肩甲骨の位置にわずかな左右差があり、すこしだけ背中の筋肉が硬くなっていました。上半身のほんのわずかな変化によって体幹の柔軟性が失われ、足を上げる際に筋付着部へ強い牽引力(引っぱる力)が生じてしまったことによりパンシェの姿勢で痛みが誘発されていたのです。パンシェに回転を加えると痛みが消失していたのは、遠心力によって筋付着部の牽引力が軽減されたためです。このため運動療法を開始して上半身の機能改善をはかりつつ、治療を継続しながら痛みを感じる動作だけしないと約束したうえで、新体操にはすぐ復帰させたところ、4週間後には完全に痛みはなくなり、現在も競技を続けています。
 スポーツには競技特性があり、競技によって必要な技術や動作は全く異なります。新体操はしなやかさと関節可動域を最大限に生かして難度の高い動作を繰り出します。新体操選手は柔軟性と過剰な関節可動域をもち、特有の姿勢や動作を求められるため、教科書的な身体評価だけでなく、その競技特性を理解しなければケガの本質は見えてきません。我々スポーツドクターはスポーツの競技特性を学び理解しなければ、ケガをした選手のニーズには応えられないと考えています。スポーツ活動を完全に休止させて、安静にするだけが治療ではないのです。


▶PROFILE
百瀬 能成
一般社団法人MOSC 百瀬整形外科スポーツクリニックの院長。
スポーツの世界に「Player’s first(プレイヤーズ・ファースト)」という言葉があるように、患者様を第一に考える「Patients’s first(ペイシェント・ファースト)」を理念として、スポーツ傷害や整形外科疾患の治療にあたる。松本山雅FCチームドクター。医学博士。