医療コラム

人間万事塞翁が馬vol.24 くせになる

ある中学生の女子バスケットボール選手が、練習中に左ひざを捻り私のクリニックを受診されました。ひざの腫れが強く、痛みを伴うためプレーはおろかまともに歩くことさえできません。関節の中には血が溜まっていて、MRI検査を行うとひざ前十字靭帯が断裂していました。前十字靭帯は一度切れると自然治癒が期待できず、通常は手術治療を行いますが、スポーツへ復帰するためには半年以上の長いリハビリが必要となるため手術をすれば長期離脱を免れません。彼女は2か月後に最後の大会を控えていたため、大けがを負ったことで涙を流し絶望感に打ちひしがれていました。しかし、最後の試合には何としても出場したいと強い希望があったため、靭帯が切れたままスポーツを継続することのリスクを十分説明したうえで、自らケガの状態を十分に理解し、手術をせずにスポーツへ復帰する方針として、懸命なリハビリを行いながら最後の大会までトレーニングを続けることにしました。徐々に痛みは改善し、ランニングやジャンプができるようになると、セラピストと一緒にひざ崩れや再発予防を行いながらトレーニングを続け、無事に最後の大会へ出場することができました。試合も決勝まで勝ち進み、見事に優勝して部活動を引退していきました。
 前十字靭帯は、ひざの関節内にあって前後の動きや回旋安定性に関わっている靭帯です。この靭帯はバスケットボールやサッカーなどの素早く動きながら急停止や方向転換を繰り返すスポーツで損傷しやすく、体育館の床や芝に足をとられ、足先が外を向いたままひざを内側に捻ったときに多く発症します。(これをknee-in toe-outといいます)。また相手選手と接触した際に強い外力を受けて急激にひねることでも生じます。靭帯だけでなく半月板や他の靭帯を合併損傷していることもあります。
 前十字靭帯断裂は、受傷直後は腫れや痛みが強く、関節の中に血が溜まっているため歩行困難となりますが、ケガをしても数週間で腫れや痛みがおさまり、その後は痛みなく歩行や日常動作ができるようになります。このため断裂していることを知らずにスポーツに復帰していることもしばしばあります。治療には靭帯再建術という手術が行われますが、専門医やセラピストの管理下に、軽い運動から開始してひざ崩れを予防しながらしっかり保存治療を行えば、早期に手術を行わずともある程度スポーツ競技へ復帰することは可能です。ただ、前述のとおり前十字靭帯は自然治癒が期待できないため、一度切れてしまうと切れっぱなしのひざになってしまいます。前十字靭帯が機能していないひざはひねりに弱く、スポーツ活動や急な方向転換で突然ガクッとひざが抜けることがあります。これを「ひざ崩れ」といいます。そしてひざ崩れを繰り返すと、靭帯だけでなく半月板や軟骨など他の組織にもダメージが加わるため、断裂したままスポーツをする場合には必ず二次災害が起きる可能性があることに注意しなければなりません。昔、ひざを捻るとクセになるといっていたのは、実は前十字靭帯が切れた状態だったのです。捻ることがクセになっていたのではなく、靭帯が切れたまま機能していないために、ひざ崩れを繰り返していただけだったのですね。
 新年度が始まるこの時期には、最後の大会へ向け大きなケガは避けたいものです。前十字靭帯断裂の予防トレーニングはすでにたくさんの方法が紹介されていて、体幹支持力や股関節周囲筋の強化を中心としたトレーニング、特に体幹や下肢の軸を意識したバランスコントロールと、ジャンプやカッティング、ストップ動作の技術を正しく学ぶことで効果的に予防ができます。そして、これらのトレーニングを日々の練習やセルフケアに取り入れることで、さらに予防効果が高まります。

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▶PROFILE
百瀬 能成
一般社団法人MOSC 百瀬整形外科スポーツクリニックの院長。
スポーツの世界に「Player’s first(プレイヤーズ・ファースト)」という言葉があるように、患者様を第一に考える「Patients’s first(ペイシェント・ファースト)」を理念として、スポーツ傷害や整形外科疾患の治療にあたる。松本山雅FCチームドクター。医学博士