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【前田 知沙樹:グラススキー・アルペンスキー】グラススキーの〝絶対女王〞地元の応援を力に変えて

前人未到の記録こそ達成できなかったものの、その歩みはますます力強い。25歳のスキー選手・前田知沙樹。芝を滑るグラススキーのF I S世界選手権(8月29日〜9月4日、イタリア・コルティナダンペッツォ)女子で回転、大回転、スーパー大回転の3種目を制した。スーパーコンビは2本目の転倒で棄権となり、3大会連続の4種目完全制覇はならず。「本当に悔しい」と唇をかむ一方、「学ぶべき気づきがあった。それを冬(アルペン)につなげたい」と、気持ちを切り替えて前を向く。
 世界選手権前、恒例の斑尾高原合宿。小学5年から指導するTE A M D L WHの飛鳥井コーチは「とにかくストイック。体のためにも練習し過ぎないように言っている」と笑う。前田さんは「不安が自信に変わるまで滑り込みたい」と、柔らかな口調ながらきっぱりと切り返す。合宿では初日から真夏の太陽が照りつける中、スーパー大回転と回転で20本ほどをこなした。身長17 1 c m。欧州勢にも見劣りしないフィジカルは大きな武器だ。
 グラススキー世界選手権が終わると、本格的な雪のシーズンに備える。欧州に残り、アルペンの日本チーム合宿に参加。11月にフィンランドで行われるW杯出場を見据える。過去のW杯では1回目の滑走で上位30位に入れず、2回目に進めていない。世界の厚い壁に跳ね返されながら、「上位30位の壁をクリアしてポイントを取り、早く上位入賞を果たしたい」と力を込める。
 W杯の前哨戦・大陸別大会のヨーロッパカップで、強豪ぞろいの欧州勢としのぎを削る。「欧州のタフなコースで、強豪選手は攻めの滑りをする。そんな中でもまれることで、世界で戦えるようになる」。体の使い方など基礎を見直し、攻めの滑りの技術を上げてきた。昨季は目標の一つだった全日本スキー選手権のタイトルを獲得。女子回転で初優勝を果たし、新たなシーズンに弾みをつけた。
 松商学園高時代はトレーニングの一環で、塩尻市の自宅から往復40 kmを自転車で通学。途中でレタスの差し入れを受けたり、交通安全のお守りをもらったりした。松本大学からは明治安田生命「地元アスリート応援プログラム」の支援を受けている。大学卒業後は就職先が決まらずアルバイトなどで活動費を作っていたが、昨年春に村瀬組(松本市)に入社。働きながらスキーに打ち込む。同時期、松本市のメディカルフィットネスAl cu r a rでトレーニングやケアを受けられるようにもなった。
 こうした心強い地元の応援も力に変えながら、競技に打ち込む。「板や靴など荷物が多く、渡航費の工面が大変だった。厚い支援がある今の環境はとてもありがたい。応援・サポートしてくれる人たちに結果で恩返しをしたい。将来はグラスとアルペン2つのスキーを、サッカーや野球に負けない人気のスポーツにしたい」。感謝を口にする笑顔の奥に、覚悟が見えた。


前田 知沙樹(まえだ・ちさき)
1998年生まれ、塩尻市出身。小学校入学前にスキーを始める。全日本中学大会や全国高校選抜で優勝するなど、ジュニア時代から活躍。夏場のトレーニングとして始めたグラススキーでも頭角を現し、2年に一度の世界選手権では2019年、21年の2大会連続で4種目制覇。夏はグラススキー、冬はアルペンスキーの「二刀流」で世界を転戦する。村瀬組所属。

取材/斉藤茂明