医療コラム

人間万事塞翁が馬vol.9タイミング

育成年代のスポーツ指導を行っているコーチや指導者の方々に、ケガの予防について相談されることがあります。今回は、ケガを予防するために知っておきたい、からだの成長に関する2つの有名なグラフを紹介します。
1つ目はスキャモンの発育曲線1)です(図A)。からだの発育発達は、器官によって成長するタイミングが異なります。このグラフでは、からだの器官を神経型、一般型、リンパ型、生殖型の4つに分類し、成人の大きさを100%とした場合に、これらがどのタイミングで大きく成長するのかを曲線で表しています。一般型は骨格や内臓の成長曲線で、身長がのびる「成長期」は、この曲線の傾きが大きくなる時期とほぼ一致します。神経型は、脳などの神経細胞の成長過程を表していて、0歳から急激に成長をはじめ、5歳くらいには成人の80%くらいにまで達し、その後ゆっくり成長が進み12歳くらいには100%へ達します。神経型が成長する年齢では、様々な刺激を受けることで神経活動が活発化します。スポーツに必要な運動神経や、身体を動かすことが楽しいと感じるなど、さまざまな神経回路がよく発達する時期でもあるため2)、スポーツをするための動きづくりに非常に有利な時期とされています。リンパ型はからだの免疫に関わる器官の成長を表しています。生殖型は二次性徴に関わる器官ですが、ホルモン分泌が盛んに行われる時期に一致して、大きく成長することがわかります。

2つ目は、標準化成長速度曲線2)です(図B)。成長期における身長の変化を表したグラフで、1年間で最も身長が伸びる年齢(peak height velocity age : PHVA)を基準として、身長が伸び始める年齢(take off age : TOA)、1年間の身長の伸びが1㎝未満となり身長が止まる年齢(final height age : FHA)と定義して、成長段階を4つの時期(フェーズ)に分けています。成長スパートが起こる前をフェーズⅠ、急激に身長が伸び始めてピークに達するまでをフェーズⅡ、身長の伸びがピークを越え、伸び率が小さくなる時期をフェーズⅢ、身長が伸びなくなる時期をフェーズⅣとしています。それぞれのフェーズではからだの発育発達に特長があって、骨や筋肉が大きくなるタイミングが異なるため、各フェーズで行うべきトレーニングも細かく変える必要があります。育成年代では、身体の大きさや成長スパートのタイミングに個人差がありますから、実際に身長がどれだけ伸びているのか、数か月ごとに測定して選手個人の成長速度曲線を作成することによって、選手が「いま」どの成長段階にいるのかを知ることができます。PHVAの平均年齢は男子が13歳前後、女子は11歳前後、FHAの平均年齢は男子が16歳前後、女子が14歳前後3)です。

PHVA : peak height velocity age 最も身長が伸びる時期
TOA : take off age 身長が急激に伸び始める時期
FHA : final height age 身長が伸びなくなる時期
スポーツで生じるケガは、トレーニングによる負荷に影響されます4)。スポーツ現場でケガを予防しながら効率よくパフォーマンスを上げるためには、個々の成長段階に合わせて、最適なタイミングで、最適なトレーニングを行うことが大切です。特に小学校高学年から中学年代では、からだの成長に個人差があることを十分理解して、成長過程にあわせたトレーニングを行えば、もっとケガの予防が可能となるはずです。年齢でカテゴライズされたチームにおいても、年齢が同じという理由ですべての選手に同じトレーニングをさせるのではなく、個々の成長段階を知り、個別にトレーニングメニューを与えることも大切ですね。

1) Scammon, R, E.(1930). The measurement of the body in childhood, In Harris, J, A., Jackson., C, M., Paterson, D, G. and Scammon, R, E.(Eds). The Measurement of Man, Univ. of Minnesota Press, Minneapolis.
2) 浅見俊雄. ジュニア期の体力トレーニング 財団法人日本体育協会 13p
3) 村田光範:幼児期・子ども期のからだの特徴,体育の科学,61(3):171-178,2011.
4) Gabbett TJ. The training-injury prevention paradox: should athletes be training smarter and harder?J.Br J Sports Med. 2016 Mar;50(5):273-80.

▶PROFILE
百瀬 能成
一般社団法人MOSC 百瀬整形外科スポーツクリニックの院長。
スポーツの世界に「Player’s first(プレイヤーズ・ファースト)」という言葉があるように、患者様を第一に考える「Patients’s first(ペイシェント・ファースト)」を理念として、スポーツ傷害や整形外科疾患の治療にあたる。
松本山雅FCチームドクター。医学博士。