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【競輪】競輪場はなくとも奮闘続ける 環境を言い訳にしない選手たち

長野県には競輪場もサテライト(場外車券売り場)もない。県内の競輪選手はわずか15人。競輪選手会長野地区地区長も務める小峰烈(S級2班・98期)は「競輪だけでなく、自転車競技全体の人口が少ない」と現状を嘆くが、それでも選手たちは前を向く。

松本市の美鈴湖自転車競技場を拠点に、日々鍛錬を続ける。県内でトップをひた走る柿澤大貴(S級1班・97期)は「長野はもともと選手層の薄い地区。今はここで弟子を育てているが、新しい人材も発掘していかなければいけない」と険しい表情で語る。自身は岡谷工高時代から全国レベルで活躍。競輪にはGP、G1、G2、G3、F1、F2と6つのグレードレースがあり、昨年はG1に初出場を果たした。多彩な戦法を武器に、何度も1着を射止めてきた。「競輪選手は全国に約2,200人いるが、GPに出られるのは9人だけ。『GPを目指している』と軽々しくは言えないが、目標であることには違いない。まずはG1でもっと活躍できるようになりたい」と力を込める。
日本競輪選手養成所で柿澤の指導を受けて育ったのは、堀江省吾(A級3班・119期)。中学は吹奏楽部、高校はバドミントン部に所属していた。「スポーツは得意ではなかった」と語る彼は、信大で自転車競技部に入部。趣味だったサイクリングの延長線上で始めたが、競技の魅力に浸かって競輪選手を志す。
「信州大学の繊維学部に燃料電池について学ぶ研究室がある。車が好きだったので知識をつけ、最終的には研究職に就きたいと考えていた。ただ部活で競輪にのめり込んで、4年の時に『プロになりたい』と急に思い始めた」現在は5月のデビュー戦に向けて、着々とトレーニングを積む。語学力を生かして英語の論文を読み、日本にはないトレーニングの情報収集も行う。師匠の背中を追う“インテリ系レーサー”は、「柿澤さんと同じランクに入って、前を引けるようになりたい」と笑顔で目標を口にする。
見るからに強烈な個性を持った選手もいる。前島恭平(A級2班・98期)は、中学からのベイスターズファンだ。1965年春のセンバツに出場した古豪・松川高に所属。大学でも競技を続ける志だったが、生で見た競輪に可能性を感じて競輪に転向した。「父親の友達が競輪ファンで、岐阜競輪場に連れて行ってもらった。そのレースで優勝した田中秀治選手(A級2班・82期)は、僕より身長が低かった(前島選手は165センチ、田中選手は162センチ)。野球は体格差の影響が大きいが、競輪なら小柄でも戦えると感じた」先頭で風を切る「ウマ(先行型)」。後方の選手をゴール前まで引っ張る役割で、責任は大きい。「自分でレースを動かせる」と魅力を語る一方で、「後ろについている人の生活がかかっている(笑)」と本音も漏らす。
そして長野の競輪を陰日向で支えるのが、ベテランの小峰だ。高校で競輪と出会い、28歳までは社会人として働きながら趣味で競技を続けた。全国大会でも結果を残すと、次第にプロへの思いが強まり、養成所を経て30歳でプロデビューを果たす。プロ10年目の今年、40歳でようやくS級選手となった。「30歳でのプロデビューはかなり遅い。ずっとプロになりたいという思いはあったが、決断できなかった。デビューして早い段階でランクを上げたが、その後はケガが続いた。時間はかかったが、ようやくS級まで来られた」


現在は競輪選手会長野地区地区長に加えて新潟支部(新潟、長野、山梨)副支部長、長野県自転車競技場連盟副会長を兼任して、普及にも広く携わる。美鈴湖自転車競技場で教室や体験会も開くが、同競技場は山奥で足を運ぶのは容易ではない。レースで選手が不在の時も多い。後進を育てたい思いはあれ、ままならないのが現状だ。
「学生がふらっと来て練習できる環境ではない。とはいえ下の世代を増やさないと後が続かない。まずは自転車に触れてもらう機会をつくって、競技の魅力を知ってほしい」
競輪用の自転車(レーサー)は非常に高価だが、体験用を10台ほど用意している。競技場では、国際レースも行われる。2018年には世界一の経験を持つマタイス・ブフリ(オランダ)も訪れた。スタンドはないものの、大会によっては観戦も可能だという。

競輪の魅力は何なのか。小峰は「乗ってみれば分かるんじゃない?」と意地悪な回答をした後に、真剣な眼差しでこう話した。
「普通の自転車では絶対に出ないスピードが出るので、見る側もやる側も迫力を感じられる。画面越しよりも生のほうが伝わりやすいので、ぜひ足を運んでほしい。選手としては、良い自転車に乗れるだけでもモチベーションが上がる。趣味でもできるが、趣味と実益を兼ねたほうが楽しい」
長野には、菊池岳仁(S級2班・117期)という20歳のホープもいる。競輪場とサテライトがなくとも、トップレベルの選手たちがいる。環境を言い訳にせず猛進する彼らの姿を、生で目撃してはいかがだろうか。

取材・撮影/田中紘夢