医療コラム

人間万事塞翁が馬vol.8愛と平和

今回は、ケガの治療についてもう少し詳しくお話をします。ケガをしたとき、みなさんはすぐに患部を冷却(アイシング)しますよね。アイシングは1978年にGabe Mirkin博士がケガの治療にRICE※が有効であると唱え1)、それ以来スポーツ現場ではアイシングがケガの対処法として用いられるようになり、応急処置の代名詞として、広く知られるようになりました。ケガをすればまずアイシングを行い、アイシングによってケガの治癒が早まると考えられてきました。ところが、最近の研究データにはアイシングが治癒を早めるという科学的根拠は見当たらず2)、むしろアイシングによって治癒が遅れる可能性があるのです3)。炎症が起こると赤く腫れて痛みを伴いますが、炎症は人間が傷んだ組織を修復するために必要な過程でもあります。とにかく炎症を抑えてしまえばケガが治ると一生懸命アイシングをしている選手がいるかもしれませんが、実はそれは大きな間違いなのです。炎症を抑えすぎると組織は十分に修復されず、さらに冷やすことで患部の血流が妨げられてしまうため、アイシングはケガの治りを遅くしてしまいます。RICEを広めたMirkin博士も、今ではケガの治療にアイシングを行うべきではないとしています4)
 では、ケガをしたらアイシングをどんなタイミングで、どれくらいの時間、いつまでするのが適切なのでしょうか。スポーツ現場でケガをした場合には、まず患部を保護し、動かさないことが最も大切です。アイシングには一時的に患部の血流を減少させて炎症を抑えると同時に、患部の神経を麻痺させて痛みを緩和させる効果もあります。なので、痛みや腫れが強い場合には、痛みを緩和させ、炎症が周囲に拡がらないようアイシングを10分程度、20分の間隔をあけて1~2回繰り返します。それも受傷後6時間くらいまで。それ以上は必要ありません。ケガや手術後のリハビリで患部を動かしたときや、痛みを抱えたままスポーツを続ける場合なども、終わった後に患部を10分程度アイシングしますが、アイシングはその程度で十分です。

図1 Peace and love
 イギリスのあるスポーツ医学雑誌に、ケガの応急処置からリハビリテーションまで、科学的根拠に基づいた9つの対処方法が述べられています5)。そこには、「PEACE and LOVE」、すなわちP:Protection(患部を保護する)、E:Elevation(挙上)、A:Avoid anti inframmatory drugs(薬を使わないこと)、C:Compression(圧迫)、E:Education(ケガについて学ぶ)、L:Loading(負荷を与える)、O:Optimism(ケガを楽観的にとらえる)、V:Vascularization(血行促進、有酸素運動)、E:Exercise(エクササイズ)によって効率よく、ケガの治療を促進させ、早期復帰が期待できるとしています。この論文では、患部を保護して、挙上と圧迫によって腫れを抑えることを勧めていますが、アイシングという言葉はもう出てきません。炎症を強く抑えこむ「抗炎症薬」と呼ばれる薬(痛み止め)の使用も、控えるよう勧めています。前述したように炎症は組織が修復するうえで必要な過程ですから、過度な痛み止めの使用も組織修復を遅らせる可能性があるのです。薬は、強い痛みを伴う受傷後数日間は使用してもよいですが、漠然と何日も使い続けることは絶対に避けるべきでしょう。またケガをした数日後から患部へ負荷をかけることや、患部への血行を促進させるために有酸素運動を行うこと、患部外のストレッチや筋力強化などのエクササイズも治療期間に積極的に行うことが必要だとしています。さらに、ケガについて選手自身が学び、ケガを理解し、与えられるがまま治療を受けないこと、ケガに対して悲観的ならず、自ら治療やリハビリへ積極的に参加することの大切さを説いています。ケガや痛みが原因でつらいと感じるよりも、ケガを味方につけ、治療やリハビリに費やす時間をポジティブに捉えることも、ケガの治療にはとても重要なことなのです。安静やアイシングでケガを治すのは、もう時代遅れです。
 今年も残すところあと1か月。みなさんにとって2022年はどんな年だったでしょうか??来年も、みなさんがケガを克服し、ケガを予防して、楽しくスポーツ活動が行えるようサポートしていきたいと思います。よいお年をお迎えください。
Much peace, love and joy to you all in 2023!
(2023年、皆様のもとにさらなる安らぎと愛と喜びがありますように!)
※スポカラ前号を参照
1) Sportsmedicine Book in 1978 Little Brown and Co., page 94
2) Bleakley, C., McDonough, S. & MacAuley, D. The use of ice in the treatment of acute soft-tissue injury: a systematic review of randomized controlled trials. American Journal of Sports Medicine, 2004; 32(1):251-61.
3) Singh DP, Barani Lonbani Z, Woodruff MA, et al. Effects of topical icing on inflammation, angiogenesis, revascularization, and myofiber regeneration in skeletal muscle following contusion injury. Front Physiol 2017; 8:93

▶PROFILE
百瀬 能成
一般社団法人MOSC 百瀬整形外科スポーツクリニックの院長。
スポーツの世界に「Player’s first(プレイヤーズ・ファースト)」という言葉があるように、患者様を第一に考える「Patients’s first(ペイシェント・ファースト)」を理念として、スポーツ傷害や整形外科疾患の治療にあたる。松本山雅FCチームドクター。医学博士。