医療コラム

人間万事塞翁が馬vol.6スポーツに大切なこと

「フェイジョアーダ」というブラジルの料理があります。黒インゲン豆と牛肉や豚肉、ソーセージなどの肉類を混ぜて煮込み、これをカレーのように白米にかけて食べるブラジルの国民的料理です。Jリーグにはブラジル人選手がたくさん在籍していて、プレシーズンのキャンプでは朝昼晩のビュッフェに必ずフェイジョアーダが提供されます。キャンプはシーズンを戦い抜くための準備期間ですから、トレーニング後の栄養摂取はパフォーマンス向上やケガの予防にとても重要になります。フェイジョアーダは豆と肉類がたくさん入っており、ごはんにかけて食べることで十分なたんぱく質と糖質を摂ることができるので、サッカー選手にとって非常に効率よく栄養が補給できる料理なのです。私もメディカルスタッフとしてキャンプに帯同しますが、フェイジョアーダを食べることは楽しみの一つでした。

図 フェイジョアーダ
 さて、今回は「エルゴジェニックエイド」について説明します。エルゴジェニックエイドとは、運動能力やパフォーマンスを高めることが期待される物質や成分を含んだサプリメント1)のこと。国際スポーツ栄養学会の公式ガイドラインによれば、様々な研究結果からスポーツ活動のパフォーマンス向上に確実に効果があって、安全に使用できるサプリメントは使用してもよいとされています2)。科学的根拠に基づいてパフォーマンス向上と人体への安全性が証明されているものについて、以下の表にまとめましたので参考にしてみてください3)。スポーツのパフォーマンスを向上させるとは、筋力を十分に発揮して(最大筋力)、素早く使い(瞬発力)、それを連続的に持続させ(持久力)、疲労した状態からできるだけ早く回復させる(回復力)ことです。エルゴジェニックエイドはこれらの身体活動を向上させる効果があるので、良いタイミングで、適切な量を摂取することによって、自身のパフォーマンスを最大限に発揮させることができるのです。前号でお伝えしたポパイのホウレンソウも、じつは科学的に証明されたパフォーマンス向上効果のある食べ物だったのです。この他のサプリメントは今後の研究次第ではエルゴジェニックエイドとして使用される可能性もありますが、まだ十分に検証されていなかったり、そもそもプラセボ効果※しかないものもあるので、皆さんが普段使っているサプリメントが本当に効果のあるものなのか、一度検証してみてはいかがでしょうか。
 一方で、国際アンチドーピング機構では、サプリメントの使用はドーピング違反になる可能性があると注意喚起しています4)。実際に、安全に使用できるとされていたサプリメントの中に禁止薬物が混入していたり、成分表示されていない物質がサプリメントに入っていて、ドーピング違反となった事例があります。国内外問わず市販されているサプリメントにはこのような問題もあるため、「このサプリメントが良いとSNSに書いてあったから」とか、「部活の友人や先輩に勧められたから」という理由で安易にサプリメントを使用することは、決して行うべきではありません。スポーツ選手と、その親御さん、そして指導者の方々は、栄養について自分自身で学び、サプリメントの必要性をしっかりと検証して、使用する習慣をつけるようにしましょう。スポーツ選手は、自分の口に入れるものにはすべて責任を負わなければならないのです。そして、エルゴジェニックエイドはどの成分も、普段の食事から摂取できるものであることを忘れてはいけません。またある研究では、これらのサプリメントの効果はトレーニング初心者よりもトレーニングを十分に積んでいる経験者のほうが得られやすい5)という結果が示されています。つまり、トレーニングをしないでサプリメントだけを使用していてもその効果を得られませんし、サプリメントを使用するだけで高いパフォーマンスを発揮することなど絶対に無理なのです。スポーツでパフォーマンスを発揮するために最も重要なことは、食事やサプリメントではなく、何よりも日々のトレーニングです。何かを食べたり、何かを飲んだりすれば万能な体が簡単に手に入れられるなんて、あり得ません。
結局、世の中にそんなものは存在しないのです。
※思い込みによって、効果のない偽の薬を飲んでも治療効果が得られること

表 エルゴジェニックエイド
1) Chad M. Kerksick Colin D. Wilborn et al. ISSN exercise and sports nutrition review update: research and recommedations 2018
2) Peter Peeling and Martyn J. Binnie et al. Evidence-based supplements for the enhancement of athletic performance 2017
3) 近藤衣美 直接的にパフォーマンスを向上させるサプリメントの科学的根拠 Journal of high performance sports 5 2020
4) 世界アンチ・ドーピング規定2021
5) 寺田新 スポーツ栄養学

▶PROFILE
百瀬 能成
一般社団法人MOSC 百瀬整形外科スポーツクリニックの院長。
スポーツの世界に「Player’s first(プレイヤーズ・ファースト)」という言葉があるように、患者様を第一に考える「Patients’s first(ペイシェント・ファースト)」を理念として、スポーツ傷害や整形外科疾患の治療にあたる。松本山雅FCチームドクター。医学博士。