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ラストレースで有終V 地元と共鳴した空間

「本当に幸せな時間だった」。スピードスケート女子・平昌オリンピック金メダリストの小平奈緒が10月22日、エムウェーブで行われた全日本距離別選手権に出場。現役ラストレースとして500mに臨み、37秒49の好タイムで優勝を飾った。

 この1レースに懸けたシーズンだった。4月に長野市内で記者会見を開き、現役引退を表明。北京五輪直前に捻挫した右足首は5月末に完治し、徐々に強度を高めていった。6月には島根県で個人合宿を行い、8月のショートトラック合宿では1000mの自己記録を更新。結城匡啓コーチは「またひとつ上手になった」と振り返り、小平自身も「(結城)先生に『10年先もいけるな』と言われたのが、これまでで最高の褒め言葉だった。10年先の滑りを目指してやってきたので、それをいま表現できていることがうれしい」と話していた。
 オランダ時代のチームメイトからは「たった1レースのためにこんな長い夏を過ごすのか」と言われたそうだ。それでも「モチベーションは少しも下がらなかったし、むしろ上がりっぱなしだった。小さい頃から『知るを楽しむ』というベースでやってきたが、これまでの軌跡と重ねながら凝縮したような時間を過ごすことができた」と悔いはなかった。
 氷上での感覚を研ぎ澄ませながら、ラストレースに向けて感情を膨らませていった。舞台は地元・長野県にあるエムウェーブ。1998年には長野五輪が行われ、「多くの方々が一体となって共鳴しているのを、画面越しでも感じ取ることができた」と回顧する。24年の時を経て、「その(長野五輪の)ような空気感を作り出すことができたら」と思い描いた。
 そして迎えた当日。小平の最後の勇姿を見届けようと、6,000人を超える観衆が集った。女子500mの11組目に登場して大歓声のもとでスタートを切ると、37秒49でフィニッシュ。自己ベストの36秒47には届かなかったが、現状のベストを尽くして優勝し、レース後は拍手喝采に包まれた。

 競技後の引退セレモニーでは「本当にたくさんの方に支えられてここまで成長できた」と感謝の意を述べた。その上で「私の歩みはまだまだこれからも続くので、今度は皆さまの近くでともに進めることができたら」と締めくくり、リンクを後に。また小平から観客へのサプライズプレゼントとして、台風19号で被災した農家のリンゴを1,000個配布。長野県で生まれ育ったレジェンドは、最後まで地元と“共鳴”して現役生活を終えた。


【PROFILE】
小平奈緒
1986年5月26日生まれ、茅野市出身。
女子500mの日本記録保持者(36秒47)。バンクーバー、ソチ、平昌、北京と4度の冬季五輪に出場し、2018年の平昌大会では500mで金メダル。初出場した10年のバンクーバー大会では女子団体パシュートで銀メダルを獲得した。今年36歳で現役を引退。

取材/田中紘夢