最高の景色を求めて雪山を滑走する――。スノーボードインストラクターとして活躍する瀧川麻実は、その笑顔の裏に、難病「特発性多中心性キャッスルマン病」との闘いがあった。

東京出身の瀧川がスノーボードと出会ったのは高校1年生の時。スキーをしていた両親と幼い頃から長野を訪れていたが「世間で流行っていてかっこいい」とスノーボードに魅了された。自己流で滑っていた19歳の時、怪我をきっかけにスクールに入り、スノーボードの奥深さを知る。「もっと上手くなりたい」。その1週間後にはリゾートバイトに応募し、本格的にスノーボードの道へ。


22歳でインストラクター資格を取得し、数々の大会で入賞を重ねた。特に印象深いのは、全日本選手権と白馬五竜で開催されたRed Bull Edge。Red Bull Edgeではカービング技術を競い優勝。「表彰台からの景色は忘れられない」と振り返る。
しかし、その数ヶ月後、35歳の健康診断で異常が発覚。「今すぐ倒れてもおかしくない」と告げられ、検査の結果、希少難病であるキャッスルマン病と診断された。自分の細胞が異常増殖して全身に炎症を引き起こしてしまう病気。ステロイド治療による顔の腫れや不眠、全身の倦怠感に苦しみながらも、「小さい子どもたちがいる。死ねない」という思いが支えとなった。
入院中、病室の天井を見つめながら何度も思い返したのは、表彰台からの景色。「もう一度同じ大会で優勝したい。雪上に立ちたい」――その一心で治療に向き合った。退院後、少しずつ滑り始め、翌シーズンにはインストラクターに復帰。そして2年後、再びRed Bull Edgeで優勝を果たした。「涙が溢れて止まらなかった。もうスノーボードを辞めてもいいと思った」。
現在は4週に1回の点滴治療を続けながら、AZプロスノーボーディングスクールでインストラクターとして、また動物病院での仕事も両立している。「スクールや職場の理解があったからこそ続けてこられた。本当に周りの方々に支えられている」と感謝を口にする。

「病気になって初めて見えた景色や経験があった。本当に色々な方々に支えられて生かされていることに気づかせていただいた」。難病と共に生きる日々の中で、瀧川が一番伝えたいのは、周囲への感謝の気持ちだ。
そして今も、いつまでもアグレッシブに滑り続けたいと願う。困難を乗り越えた原動力は、紛れもなくスノーボードと家族の存在。雪上に立つ喜びを知る者だけが見られる景色を、瀧川は今日も追い求めている。

Profile
瀧川麻実(たきかわ・まみ)
スノーボーダー
1982年9月2日生まれ、東京都出身。高校生でスノーボードを始め、22歳でインストラクター資格取得。全日本選手権やRed Bull Edgeなど数々の大会で入賞・優勝。希少難病「特発性多中心性キャッスルマン病」と診断されるも、治療を続けながらインストラクターに復帰。現在、AZプロスノーボーディングスクール鹿島槍校所属。動物病院に勤務。2児の母。
