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【平林 太一:ブラインドサッカー】視覚以外でとらえる世界 ブラインドサッカーの頂へ


「見えるってどんな感じなんだろう」。ブラインドサッカー日本代表の若きエース、平林太一は不思議そうにつぶやく。視力を失ったのは4歳の頃だが、「覚えている限り、見えていたことがない。光ってどんなものか分からないし、色ってどうなっているのかすごく不思議」。鮮やかな赤色の代表ジャージを着てそうほほえみ、ごく自然にカメラへと身体を向けた。
 人間の知覚は視覚が83%と言われるが、平林には当てはまらない。「ぶつからずに歩けるのを不思議に思われるけど、音や匂いなどのいろんな要素で『そこにある』のが分かる」といい、パチパチと指を鳴らしてみせる。「反響で壁との距離が分かる」。晴眼者が「見えている」感覚を言葉にできないように、平林にとっては「見えていない」のが自然なことで、説明は難しいのだという。
 その知覚はピッチ上でも存分に発揮される。「プレーヤーにもその感覚のある人とない人がいて、僕はそこに自信がある」。ラインの内側を縦横無尽に駆け回ってはボールを操ってシュートを放つ。頭の中には常に20m×40mのフィールドがあり、事前に得た情報をもとに相手の陣形や守備の形を素早く推測。それを実際に対峙している感覚とすり合わせ、「どこにいるのか」「どんな動きをしているのか」を瞬時に判断しているという。
 「コンタクトプレーも多いし、『見えているみたいですごい』と言われるけど、戦術や技術にももっと注目してほしい」と平林は言う。強みとするスピーディなドリブルは、「めちゃくちゃ練習した。フェイントや切り返しにも自信がある」と力を込める。「最初は早いだけだった。上のレベルに行くにつれて求められるスキルも高度になるので、『相手をどう抜くか』『どう惑わすか』をすごく研究した」と語り、「ただ勝つために、つらいトレーニングにも耐えることができる」とストイックな姿勢を見せる。
 「とにかく勝ちたい」。その気持ちの裏には、2022年のアジア・オセアニア選手権準決勝で敗れた苦い経験がある。初めてスタメンとして出場し、「もっと努力しないと勝てない」と強く感じたという。2023年11月、男子日本代表はパリ2024パラリンピック競技大会出場権を獲得。「何が何でもメダルをつかみに行く」と闘志を燃やすストライカーは、「シュート精度やスタミナ強化に力を入れていきたい」と自身の課題を口にする。
 ピッチに入る前に思い出すのは、応援してくれる人たちの声。「皆さんが思う以上に力をもらっている。『結果を残さないと』と気合いが入る」。期待の声もプレッシャーも力に変え、若きエースは世界の頂を目指して駆け上がる。


平林 太一(ひらばやし・たいち)
2006年10月3日生まれ、生坂村出身。網膜芽細胞腫と診断され1歳で右目、4歳で左目の摘出手術を受け全盲となる。小学1年生で日本ブラインドサッカー協会主催の「ブラサカキッズキャンプ」への参加をきっかけにプレーヤーとなり、2019年、第18回日本選手権で大会史上最年少ゴール(12歳7カ月)を記録。2022年4月に15歳で日本代表強化指定初選出、同年11月のアジア・オセアニア選手権で最年少ゴール(16歳1ヵ月)を記録。松本美須々ケ丘高校3年、松本山雅B.F.C.所属。

取材・撮影/佐藤春香