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【プロゴルファー】17歳に課せられたスコア72 始まりは奇跡のバーディーパット!

 茅野市を拠点に松本市、塩尻市でレッスンプロとして活躍するプロゴルファーの森田武さんは、自身の名を冠した「森田ゴルフ塾」の塾長を務めつつ、JGTOツアープロとして年間20ほどの試合をこなす。レッスンではジュニアを始め、30~40代の若い世代からも定評があり、現在は80名ほどのレッスン生の指導に当たっている。毎週、火・水・金曜は茅野市運動公園、土曜はゴルフセンター小坂田の森(塩尻市)、月曜はゴルフプラザ54(松本市)、木曜はグリーンゴルフ石芝(松本市)にて、1回1時間のレッスンを上限5人に絞り、動画を使ったフォームチェック等、きめ細かい実技指導を行う。

 そんな森田さんがゴルファーとしてスタートを切ったのは高校2年生の時。プロを目指すには遅咲きとも言える年齢だ。当時、空手や陸上競技に取り組み、スポーツ全般を得意としていた森田少年は、親戚の叔父さんと向かったゴルフ場で衝撃を受けた。「何にもできなかったんですよ、な~んにも(笑)、当たらないし飛ばないし、こんなにできないスポーツあるんだって驚きましたね」。通常、他に得意な種目があれば諦めそうなものだが、森田少年の負けん気には火が付いた。「悔しくて、絶対にやってやるって思ったんですよね。その後、ゴルフの練習場に行ったときにレッスンをしていた先生に唐突に声をかけて、どうしたら教えてくれますか!プロゴルファーになりたいです!って(笑)」。

 森田さんが当時声をかけた松山先生は、何も知らない高校2年生の声掛けに驚きつつ、17歳の少年にある条件を出した。『今からプロを目指すなら、1年でレギュラーティーから72で回ってくること』、それができなければプロは無理だと言い放った。この72の怖さを知らない森田少年は意気込んで練習を続け、技術は見る間に上達。さらにゴルフにのめり込む。しかし、「まぁ72って出ないんですよ。本当に出なくて。1年経って、最後に松山先生と一緒に回った時、奇跡的に72が出て(笑)、先生も驚いていましたね」。最後のバーディーパットが入らなければ73という所で勝ち取ったプロへの切符だった。

 後日先生に聞いた話では、72は絶対に出せないからプロは諦めなさいという意味だったそうだ。そこを覆して見せた森田さんは3年後の20歳の時、見事1発でプロテストに合格した。

 現在、森田さんはジュニアの育成にも力を入れており、小学生年代の子ども達が10年後、世界で活躍する姿を夢見ている。あの時、無鉄砲にも踏み出した17歳の一歩は、今ではその志大きく道となり、後進を世界の頂へ導いている。



◆森田 武  TAKERU MORITA
プロゴルファー/レッスンプロ
森田ゴルフ塾塾長
1988年2月4日生まれ/奈良県出身/茅野市在住

<取材・撮影 生田和徳>