「健康」といったらどんなことをイメージするでしょうか?病気やケガに負けない強い身体や、子供が外で元気に走り回っている様子、おいしそうにごはんをたくさん食べている様子や、大きな声をあげてにこにこ笑っている人などをイメージすると思います。おそらく、みな共通して、人が楽しそうに、自ら積極的に活動している様子を思い浮かべるのではないでしょうか。世界保健機構(WHO)では、「健康」について次のように定義しています。
“Health is a state of complete physical, mental and social well-being and not merely the absence of disease or infirmity”
健康とは、病気でないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にもすべてが完全に満たされた状態にあること1)、とされています。健康であるという状態は、筋肉や内臓といった身体の目に見える部分だけが良好な状態というだけではなくて、人間の心が満たされ、ストレスや精神的な問題を抱えていない状態であり、さらにいつも人とコミュニケーションが取れ、社会的なつながりを常に感じられる状態でなければなりません。
スポーツを通じて健康を維持する取り組みは、様々な場面で盛んに行われています。スポーツ活動は身体を動かし、人と人が触れ合い、楽しみを分かちあうための手段になります。スポーツによって「健康」を増進させることができるのです。
一方で、スポーツ選手や学生アスリートの中には、スポーツを続けていながら精神的な苦痛やストレスを抱えていることがあります。スポーツ選手のメンタルヘルスについて、うつや不安、睡眠障害など何らかの精神状態の変化を自覚している選手は16~34%存在していることが明らかとなっています2)。学生アスリート選手は、部活動やクラブで日々トレーニングに励み、試合で勝利するための様々な準備をしています。トレーニングの成果が得られ、よい成績を収めることもあれば、思い通りにプレーができず、よい結果がでないことも少なからずあるでしょう。ときにはミスや結果に対してコーチから叱責されることもあるでしょうし、もっとよいプレーをするため、よい記録や成績を手に入れるためにさらに過酷なトレーニングを与えられることもあるでしょう。しかし、トレーニングを続けていくと疲労が溜まり、さらに思うような結果が伴わなくなると、やがてその状況に少しずつストレスを感じはじめ、トレーニングや、スポーツ活動自体を苦痛に感じるようになってしまいます。スポーツをしていながら、精神的に満たされない状況に陥ってしまうことは健康な状態とは言えず、本末転倒です。
スポーツ競技の多くは、常に相手がいてスピードや得点を争い、勝敗を競うものです。本来スポーツとは、そのゲーム性を楽しみ、喜びや面白さを求める「遊び」なのです。遊びは自由であり、楽しく、日常生活とは独立した空間であるべきです3)。楽しさをより多く感じ、勝敗の喜びや悔しさを学び、その経験をチームメイトと分かちあい、また自由で不確実なものであるからこそ、もっと追求したい、もっとうまく強くなりたいと感じてトレーニングに励む、それがスポーツにとって最も大切なことだと思います。スポーツをやるのは選手であって、選手自身がスポーツを楽しみ、より向上心をもって、自らスポーツを続けたいと思う環境を増やすことこそ、部活動やクラブに必要なことなのだと思います。
長かったコロナ禍がいよいよ終わりを告げ、様々なスポーツ活動に参加する環境が戻ってきました。学生アスリートの健康と、学生にとってのスポーツ活動の在り方について、改めて考える機会を作ってもよいのかもしれません。スポーツの本質は、遊びなのです。
1)公益社団法人日本WHO協会ホームページ
2)Occurrence of mental health symptoms and disorders in current and former elite athletes: a systematic review and meta-analysis.Gouttebarge V, Castaldelli-Maia JM, Gorczynski P, Hainline B, Hitchcock ME, Kerkhoffs GM, Rice SM, Reardon CL.Br J Sports Med. 2019 Jun;53(11):700-706.doi:10.1136/bjsports-2019-100671.
3)Roger Caillois Man.Play and Games Paperback-August 31.2001
▶PROFILE
百瀬 能成
一般社団法人MOSC 百瀬整形外科スポーツクリニックの院長。
スポーツの世界に「Player’s first(プレイヤーズ・ファースト)」という言葉があるように、患者様を第一に考える「Patients’s first(ペイシェント・ファースト)」を理念として、スポーツ傷害や整形外科疾患の治療にあたる。
松本山雅FCチームドクター。医学博士。