医療コラム

人間万事塞翁が馬 vol.36     追いかけごっこ

人間の身体には206個の骨が存在しています。それぞれが組み合わさって骨格を形成し、身体を支えたり、臓器を守ったり様々な役割を果たしています。骨は硬く、いつも同じ形を保っているように見えますが、細胞レベルでは骨組織が絶えず変化していて、壊されたり作られたり、常に新しい組織へと生まれ変わっています。骨を吸収する「破骨細胞(はこつさいぼう)」と、新たに骨を作る「骨芽細胞(こつがさいぼう)」という二つの細胞がその役割を担っていて、古くなったり傷ついたりした骨の一部は破骨細胞によって吸収され、それを追っかけるように骨芽細胞が新たな骨を作っていきます。ときにはお互いの働きを強めたり弱めたりしながら、まるで二つの細胞が「追いかけごっこ」をするように働いているのです。骨が新たに作り変えられる一連の活動を骨代謝(こつたいしゃ)(リモデリング)といいます。骨のリモデリングは約120日かけて行われ、破骨細胞と骨芽細胞の追いかけごっこが常に安定して続くことによって、私たちの骨は強くて丈夫な状態を維持することができるのです。
 また、骨は外からの刺激に応じて形を変えながら強度を保っています。スポーツ動作によって骨には一定の運動負荷がかかりますが、骨への機械的刺激が増えると骨芽細胞の働きが活発になり、骨密度が高くなることがわかっています。ジャンプやランニングなどの荷重負荷を伴う運動は、骨のリモデリングを促進し骨を強くする効果があります。逆に、骨への運動負荷が減ると破骨細胞の働きが優位になるため、骨吸収が進んで骨密度は減少し、もろくなっていきます。例えば、私たちは地球上で生活しているとき、身体に「重力」という強い力が加わっていますが、宇宙飛行士のように無重力環境で長い期間生活していると、重力という負荷を受けなくなるため、骨密度が低下してしまいます。骨に重力という刺激が加わらなくなることで骨芽細胞の働きが低下し、破骨細胞の活動が相対的に優位になるため、骨吸収に対して骨を作る働きが追い付かなくなるからです。

 骨のリモデリングが正常に行われるためには、カルシウムやリンといったミネラルと、様々なホルモンの働きも関係しています。そしてビタミンDがとても重要な役割を果たしています。ビタミンDは腸管からのカルシウム吸収を助ける働きがあり、さらに骨芽細胞の分化や機能にも関与し、骨の形成を促進します。ビタミンDは骨粗しょう症の治療薬としても使われていて、骨の強度を維持するだけでなく、免疫機能の改善や、加齢に伴う様々な病気の発症、進行にも関わっています。最近の研究では、スポーツのケガでみられる「疲労骨折(ひろうこっせつ)」の原因の一つに、ビタミンD不足が挙げられていて 、血液検査でビタミンD値を確認して、低い場合にはサプリメントで補う取り組みも増えています。ビタミンDは日々の食事で摂取することができ、干しシイタケやひじき、魚類で多く摂ることができます。また日光を浴びることでも体内で生成されるため、屋外で身体を動かし、積極的に日光を浴びることも大切です。冬場や日照時間の少ない地域、屋内競技のアスリートでは血中ビタミンD値が低下しやすく、部屋にこもって座りがちな生活は、日光に当たらず、骨への刺激も少なくなるため骨量が低下する可能性があるのです。
 外に出て日の光を浴びながら身体に適度な負荷を与えることは、運動する人も、しない人も、骨の健康を保つうえで絶対に必要なことです。暖かくなってきた春の季節に太陽の光をたくさん浴びながら、たくさん動いて、強い身体を作りましょう。

1) Vitamin D and Stress Fractures in Sport: Preventive and Therapeutic Measures-A Narrative Review.Knechtle B, Jastrzębski Z, Hill L, Nikolaidis PT.Medicina (Kaunas). 2021 Mar 1;57(3):223. doi: 10.3390/medicina57030223.

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▶PROFILE
百瀬 能成
一般社団法人MOSC 百瀬整形外科スポーツクリニックの院長。
スポーツの世界に「Player’s first(プレイヤーズ・ファースト)」という言葉があるように、患者様を第一に考える「Patients’s first(ペイシェント・ファースト)」を理念として、スポーツ傷害や整形外科疾患の治療にあたる。
松本山雅FCチームドクター。医学博士