「1万時間の法則」という言葉があります。プロスポーツ選手や芸術家など、その道のスペシャリストになるためには「1万時間」のトレーニングや学習が必要であるという考え方です。これはマルコム・グラッドウェルの著書『Outliers』(アウトライヤーズ)1)で紹介された法則で、世界の様々な分野で成功を収めた人たちの特徴や一流になるための条件を分析し、トップアスリートや音楽家、実業家といったプロフェッショナルと呼ばれる人たちがその領域に達するまでに必要とする練習や学習の量は「1万時間」であったと述べられています。この法則は、あるバイオリニスト達がエリート演奏家になるまでにみな1万時間以上の練習時間を費やしていたという研究結果をもとに作られたもので、必ずしもすべての分野において当てはまるわけではありません。しかし、卓越した技術の修得や専門的知識をもって成功を収めるためには、練習や学習、つまり努力を「1万時間」する必要があり、その「量」を具体的な数字で示したことで、一流になるための一つの基準として広く引用されています。
一方で、トレーニングや学習をする上でより成果を得るためにはその「質」を求められることがあります。我々の時間は有限ですから、ただ量だけを求めて時間を費やすよりも、短期間で効率よくトレーニングや学習を行ったほうがよいという考え方も当然あるでしょう。例えばスポーツ競技で新たに技術や動作を習得するときや、思うように成果が出ず、いわゆるスランプに陥っている場合などでは、ただ我武者羅に練習するよりも、適切で質の高い指導のもとに練習をすることで短期間のうちに成果が得られることもあります。しかし、それはよい指導者に恵まれ、コーチや保護者の声掛けやアドバイスに依るところが多く、トレーニングの質の高さは外部の環境に大きく影響されます。実は練習や学習の質を自分でコントロールすることは難しく、自らの意思で増やすことができるのはその「量」だけなのです。そして、練習や学習で量をこなしている人、つまりたくさんの努力をしている人は、そうでない人と比べて求める質が明らかに異なり、量を経験しなければ質を高めることは絶対にできません。
スポーツや勉強でよい成績をおさめるためには、当然ながらトレーニングや学習の「量」が求められます。そして量を増やすためには、可能な限り早く始めることです。1万時間の法則が示す通り、1日でも早く行動に移すことができれば、ほかの人よりも 1日分の練習時間と努力を手に入れることができます。早く始めるというスピード感も、一流になるためにはとても重要な要素です。優れた選手や優秀な学生は、共通して努力の量が多い。プロスポーツ選手を目指す人、将来こんな仕事に就きたいと夢を描いている人、それぞれ進みたい道があるなら努力を惜しんではいけません。2月は冬場のトレーニングに励む時期、また受験シーズンでもあります。自分の弱点を克服したり、苦手なことにチャレンジしたり、ラストスパートで猛勉強したり…今できることをすぐに始めて、とにかく量を増やし、繰り返し繰り返し、やって、やって、やりきることが大切です。「天才は1%のひらめきと99%の努力でできている」とか、「努力はうそをつかない」など、努力にまつわるいろんな言葉がありますが、自分でできる努力はすぐに始めること、量を増やすこと、これしかないのです。
1)Malcolm Gladwell (2008), Outliers: The Story of Success, New York, Little, Brown & Co.
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▶PROFILE
百瀬 能成
一般社団法人MOSC 百瀬整形外科スポーツクリニックの院長。
スポーツの世界に「Player’s first(プレイヤーズ・ファースト)」という言葉があるように、患者様を第一に考える「Patients’s first(ペイシェント・ファースト)」を理念として、スポーツ傷害や整形外科疾患の治療にあたる。
松本山雅FCチームドクター。医学博士