医療コラム

人間万事塞翁が馬 vol.29 プロフェッショナル

スポーツの世界には「プロフェッショナル」という言葉がよく用いられます。プロ野球選手やプロサッカー選手などの「プロ」と呼ばれるスポーツ選手は、高い運動能力と卓越した技術をもって観客を魅了し、スポーツの楽しさや魅力を発信するエンターテイナーとしての役割を果たします。一方で、その競技を職業として生計をたてるためには常に結果が求められ、チームや会社、スポンサーに対する責任が伴います。一般的にプロフェッショナルとは、特定の知識や技術を習得した専門的で質の高い仕事に就き、それによって生計をたてる人という意味がありますが、アメリカの哲学者ドナルド・ショーンは、本当のプロフェッショナルとは「省察的実践家」であると述べています。少し難しい言葉ですが、省察的実践家とは単に技術が優れ、専門的な知識が豊富というだけではなく、常に自分の行動を振り返り、経験をもとに新たに学び、自ら行動や判断に修正を加えて成長し続けていく人のことを指します。
 スポーツ現場に関わるドクターやトレーナーなどの医療者も、スポーツのケガや治療について専門的な知識を持ち、いわばスポーツ医学の「プロ」という立場にあります。
 1978年にGabe Mirkin博士が提唱したRICE処置(Rest:安静, Icing:冷却, Compression:圧迫, Elevation:挙上)は、スポーツにおける急性外傷の応急処置として長い間、ケガをしたらまず行うべき有効な処置として信じられていました。特に冷却=アイシングは、炎症を抑え痛みや腫れを軽減する手段として今も多くの指導者やトレーナーによって、漫然と行われています。しかし、最近の研究ではアイシング自体が治癒を促進することはなく、炎症という体の自然な治癒プロセスを過剰に抑えてしまうことで、ケガからの回復を遅らせるというリスクが指摘されています。そのため、スポーツの急性外傷に対してアイシングはあまり行われなくなり、Mirkin博士自身も2014年に“RICE retracted”(RICEの撤回!)という言葉を用いて、ケガの応急処置にはアイシングは不要であると述べています。私のクリニックでも、捻挫や打撲に対してアイシングの指導は行いません。これは医療における省察的実践の一例であり、スポーツ選手が試合後に自身のプレーを分析し、次の試合でのパフォーマンス向上を目指すように、スポーツ現場に関わる医療者も、自分のアプローチを見直し、日々の経験から新たに学び、より良いケアを提供するために成長し続ける必要があります。スポーツ現場に関わる医療者が、省察的実践家としての姿勢を持ち続けることこそが、真のプロフェッショナルとしての道であり、スポーツ医療が進化し続けるための原動力なのです。

本コラムに関するご質問やご要望、ケガについてこんなこと聞きたい!という方は、下記メールまで
info@mosc.jp

▶PROFILE
百瀬 能成
一般社団法人MOSC 百瀬整形外科スポーツクリニックの院長。
スポーツの世界に「Player’s first(プレイヤーズ・ファースト)」という言葉があるように、患者様を第一に考える「Patients’s first(ペイシェント・ファースト)」を理念として、スポーツ傷害や整形外科疾患の治療にあたる。
松本山雅FCチームドクター。医学博士