城下町の風情が残る松本市の大明町通り。その道沿いに、青々とした葉を茂らせる木がある。信濃の国の語源になったとも言われるその木の名は「シナノキ」。この木が持つ「粘り強さ」という性質に惹かれ、チームの名前に採用したのが、長野県のパラスポーツ陸上クラブ「長野パラ陸協 しなの木AC」だ。指導に当たる曽山信一代表のもと、令和6年にスタートしたこのクラブには、陸上競技を愛する仲間が集まっている。

チーム結成のきっかけは、学校を卒業した後も大好きな陸上を続けたいと願う子どもたちと、練習場所や指導してくれる人が見つからずに悩んでいた保護者の声だった。最初はわずか1人の選手からスタートしたが、ホームページやSNSがない中、保護者たちの口コミという確かなネットワークによって評判が広がっていった。1人、3人、5人、10人、そして気付けば今では15人の仲間が集まる。取り組む種目も短距離から中長距離、幅跳び、ソフトボール投げなど様々で、地元松本だけでなく長野市や諏訪、上伊那など、県内各地から選手が練習に駆けつけている。

多様な障がいを持つ選手たちが集まるチームにおいて、曽山代表が最も大切にしているのが「見通しを持たせる指導」である。フォーム習得のための基礎トレーニング(ドリル)は、2年間あえて毎回同じメニューを繰り返す。新しい練習への不安や抵抗感に配慮し、「次に何をやるか」が分かる安心感を生み出すためだ。「そこまで行って」という曖昧な表現はせず、「この線まで来たら走るよ」「あと何本」と具体的に声掛けを行う。「なんでできないの」という言葉は絶対に口にせず、少しでも上達したら徹底的に褒めて認める。選手たちの特性を理解した、これらの指導のもと、彼らは確実に自信を深めている。
地道な練習の積み重ねは、確かな実績となって実を結んでいる。チームには、長野県障がい者スポーツ大会の1500メートルで7連覇を達成した山田勇佑や、同大会で優勝を果たし、全国大会でも自己新記録で上位入賞を飾った加藤輝がいる。さらに、陸上を始めてわずか1年で県大会2位に入り、この8月の青森全国大会への切符を掴んだ短距離を得意とする矢島華夏子も頭角を現している。
また、チームは社会人ならではの自立の場でもある。メンバーが自ら資金を出し合い、カラオケ会や焼肉会などのレクリエーションを行い、競技の枠を超えた横のつながりを強めている。曽山代表は、練習の参加不参加についても口を出さない。自分の行動に責任を持つ、一人の大人、アスリートとして接しているからだ。

チームがまず目指すのは、2028年(令和10年)に長野県で開催される「信州やまなみ国スポ・全障スポ」の上位入賞だ。すでに一般の大会にオープン参加して実戦ルールを学ぶなど、2年後に向けた準備を進めている。しかし、曽山代表にとって全障スポはゴールではない。大会の年齢カテゴリーが60歳以上まで増えた今、陸上は生涯を通じて続けられるスポーツとなった。目指すのは、いずれコーチの指示を離れ、選手たちが自ら練習計画を立ててチームを自主運営できるようになることだ。アスリートとして、そして社会人として自立していく選手たちの挑戦は、2028年の大舞台、その先へ向かって、確かに加速している。

【代表 曽山信一 さん】
働きながら陸上を続けることはとても大変なことです。お互いの個性をリスペクト(尊重)しながら、仲間とともに陸上競技を楽しみ、社会人として、アスリートとして自立できる彼らの成長を願っています。

【加藤輝 さん】
しなの木ACは、仕事とは違う仲間とパーっと楽しく話せる大切な場所です。中長距離のラストスパートはきついですが、みんなの応援があるから粘れます。今年は800メートルで2分10秒を切って、自己ベストを大幅に更新したいです。

【矢島華夏子 さん】
走っていると嫌な気持ちが吹き飛んで、すごく前向きになれます。オリンピック選手のフォームを参考にして始めた陸上ですが、今は8月の青森大会に向けて練習に熱が入っています。100メートルで15秒を切って、メダルを獲りたいです。

取材・撮影/児玉さつき
