「王者」が変革の時を迎えている。全国屈指の強豪・松本蟻ケ崎高校書道部。昨年は第16回書道パフォーマンス甲子園で3位と4連覇を逃したが、「脱・蟻高スタイル」をうたい、従来の伝統に一石を投じる姿勢を示した。長﨑乃野子部長は「これまでと違う方向へ踏み出すのは本当に勇気がいること」とうなずき、より洗練された「新・蟻高スタイル」を目指す意欲を見せた。
街のいたるところに飾られた数々の作品。「蟻高書道部」の名を広く知らしめるそれらは、福祉施設や自治体のイベントなど様々な機会に披露してきた努力の結晶だ。「生徒たちは本当に努力家」とうなずく橋渡みのり顧問は、「とはいえ、書道だけで高校生活を終えてほしくない」とも口にする。今季は17年間書道部を率いた大澤一仁教諭が異動し、大きな変化がおとずれているという。
一から部を日本一に育て上げた名顧問の教えは、決して基礎をおろそかにしないものだった。日々の臨書や個々の技術向上にこそ力を注ぎ、その努力の集結が全国一の書道パフォーマンスを作り上げる。志の高い生徒が集まるゆえに、いつしか部内に「書道第一」の活動方針ができあがっていった。文字通り「寝る間も惜しんで」時間と情熱を注ぎこんでいたのだという。
放課後の全てを部活動に費やし、帰宅後も休みなく励んでいた姿勢。そのストイックさ自体は尊重しつつ、新たなバランスを模索している。橋渡顧問は「全てを費やすのではなく、生活の一部として、より青春を豊かにするものになってほしい」と願う。
「今までと同じことをしていても、今までより上には行けない」。その思いで新たな一歩を踏み出したのは、他でもない「脱・蟻高スタイル」を掲げた先輩たちだ。その意志を継ぎながら、今年度は書道そのものへと向き合う姿勢を新たにする。
「王座奪還」への姿勢は崩さず、恩師の教えを尊重しつつも、恩師がいなくとも皆で目標をつかみ取れるように。学生らしく放課後に友人と笑いあう時間や、将来のために学習する時間も、墨一色の世界に彩りを添えるかけがえのないものとして尊重できるよう、日々話し合いを重ねているという。
昨年は伝統としていた色鮮やかな作品から一転し、墨一色の力強さの中に朱を配置した潔い紙面で勝負を賭けた。題字の配置なども大きく変化させ、これまでと全く違う雰囲気で3位。今年度はさらなる洗練を模索しながら、「まったく新しい要素を取り入れて、流れを変えたい」と長﨑部長。「初めて見る人にも、今まで見ていてくれた方々にも、『これから何が始まるんだろう』というワクワク感を与えたい」と、パフォーマンス部長の翠尾弥紘も日々工夫を凝らしているという。
積み上げてきた礎を基に、新たな石をどう積むのか。これまでを見直し、これからを見据えて「王者」たりえる物語の新章を紡ぐ。全国書道パフォーマンス甲子園は7月28日。鮮やかな笑顔に彩られて墨の華が咲く。
取材/佐藤春香