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【千田 萌花:ゴルフ】             父との絆 6度目の挑戦で花開く

そのパットを沈めた瞬間、まぶたの裏に浮かんだのは父の姿だった。
 プロへの挑戦を5度も跳ね返され、ゴルフから距離を置いたこともあった。最後と決めて臨んだ2025年11月のJLPGA最終プロテスト。4日間を全て71でまとめ、トータル284の4アンダーで7位タイの好成績を残した。6度目の挑戦で高く厚い壁を突破し、「本当にうれしかった」。普段は感情を表に出さない父親が浮かべた満面の笑みを見て涙があふれた。

 初めてプロテストを受けたのは17歳だった2020年。2度目となった翌年は3日目を終えて合格圏内(20位タイ)の19位タイにつけていたが、最終日に77と崩れて圏外にこぼれ落ちた。「悔しさを感じた初めての大会だった。それまでと違う感情が、今につながる原動力になっている」と振り返る。悔しさと同時につかんだ自信。しかし、すぐには実を結ばなかった。
 3度目も4度目も不合格。10代で始めたプロへの挑戦も、いつしか20歳を超えていた。最終テストにも進めなかった4度目のテストを終えて、ゴルフを辞めようと思った。「一人暮らしの家に引きこもって、2カ月近くクラブを握らなかった」。そんな時、毎日のように父親からの電話が鳴った。ゴルフの話はしない。「生きてるか?」「ちゃんとご飯食べてるか?」。生存確認のような会話がうれしかった。
 そんな千田に、高校時代から指導する辻村明志コーチは「もう2回、自分にチャンスを作ってやってみろ」と言った。その2回目が、2025年11月のプロテスト。「良い意味で諦めがついていた。これでダメならさっぱり辞めようと。一か八か腹をくくってみた」。雑念を振り払い、目の前の1日、目の前の1打に全てを注いだ。その姿勢が、持てる力を全て引き出したのかもしれない。

 5歳でゴルフを始め、学校が終わると毎日のように練習場に通った。長野県内のコースが閉鎖される冬季の数カ月間は、環境を求めて群馬や山梨など県外に足を伸ばした。隣には常に父親の姿。ハードルを、親子の絆で一つ一つ乗り越えた。
 この春、サンリン株式会社(東筑摩郡山形村)とスポンサー契約を結んだ。これまでの活動を支えてくれた人たちはもちろん、地域や企業の期待も背負って進むプロの道。「たくさんの人に影響を与えていける選手になっていかないと」と自覚する。

 下積みが長かった分、プロとしての目標は「息の長い選手になること」。派手なショットを決めてビッグスコアを叩き出すプレーは華やかだが、「上の舞台で戦う選手からは意地でもボギーを打たない姿勢が伝わってくる。必死にパーを拾うゴルフは難しい。その姿勢を大切にしていきたい」と誓う。
 そして、久しぶりに誕生した長野県出身の女子プロゴルファーとして「ゴルフの楽しさを伝えたい」とも思う。「自分はゴルフが好き。長野県代表として、子どもたちに夢や希望を持ってもらえる選手になれたらいい」と思い描いている。

Profile
千田 萌花(ちだ・もえか)
ゴルフ
塩尻市出身。父親の影響で5歳の時にゴルフを始める。10歳から本格的に試合に参戦し、丘中学校卒業後は代々木高校(東京)に進学。2025年のJLPGAプロテストに6度目の挑戦で合格し、県内から13年ぶりとなる女子プロゴルファーとなった。身長150cmから生み出す240ヤードの飛距離が魅力。2002年11月22日生まれの23歳。

取材/大枝令