「松商で始まり、松商で終わる大会にしよう」
長野大会の開幕前、松商学園の松宗勝監督が掲げた目標に、選手たちは満額回答した。地球環境との開幕戦を6―0の快勝で飾ると、佐久長聖との決勝は3―1で競り勝ち、4年ぶり38度目の頂点に立った。

春の県大会出場を逃し、長野大会はノーシードの立場。長野大会準決勝までの6試合でコールド勝ちが一度もなかったように、他校に抜きんでた力があるわけではない。混戦のトーナメントを勝ち抜いた要因は、激しいチーム内競争と一貫したスタイル。その戦いぶりは、決勝の2時間20分間に凝縮された。
序盤から主導権を握りながら、先制点を奪えないまま五回を終えて0―0。気迫を前面に出す佐久長聖先発の白井大聖を攻略できずにいた。それでも、地元のセキスイハイム松本スタジアムで戦う松商学園の選手たちに焦りの色はない。「ずっと接戦を勝ってきたので」と小林嶺太。六回に相手が見せた隙を逃さなかった。


先頭の漆戸大晟が敵失で出塁すると、続く加藤高慎のバントも敵失を誘って無死一、二塁。さらに四球で満塁と好機を広げ、打席には9番の久保田悟が向かった。ベンチの松宗監督は「分かっていたと思う」とニヤリ。打席の久保田も「出ると思った」とニヤリ。2ボール1ストライクからの4球目に出たスクイズのサインに応え、欲しかった最初の1点をもぎ取った。
たとえ泥くさい形であっても先取点を奪い、鍛えた堅い守備でリードを守り抜く。その〝勝ちパターン〟で決勝も押し切った。


夏に向けた練習試合では、選手が背番号を付けてプレー。本番さながらの雰囲気の中でレギュラー争いも熱を帯びた。甲子園出場を決めた翌日には、甲子園のメンバー入りを懸けて紅白戦を敢行。長野大会を勝ち抜いたスタイルそのままに聖地へ乗り込んだ。
迎えた岡山学芸館との初戦。序盤の紙一重の攻防が、勝負を分けた。
一回の守り。失策で先頭の出塁を許し、リズムに乗れないまま先取点を奪われた。1点を追う二回は1死一、三塁の好機。松宗監督は、打席の久保田に初球スクイズのサインを出したが、相手バッテリーに外された。長野大会は無失策だった守備が崩れ、泥くさく得点を挙げてきた攻撃も不発。大舞台でも自分たちのスタイルを貫く姿勢は見せたが、「プレッシャーがあった」と主将の小林伸伍。勝機をたぐり寄せることはできず、長い夏の戦いを終えた。

Profile:松商学園高校
運営する学校法人の前身は1898年創立の私立戊戌学会。1948年に現校名に改称した。所在地は松本市県3丁目。野球部は夏の甲子園出場38度目の強豪で、1928年に松本商業学校として全国優勝を経験。上田佳範、直江大輔ら多くのプロ野球選手を輩出している。
